文字が書けなかった彼女のはなし

これはまだ起業する前、エチオピアでボランティアをしていた頃の話です。
当時、同じコンパウンドに住んでいたホストファミリーの家には、田舎から連れてこられて、住み込みでお手伝いさんをしている女の子がいました。名前はゼララム。明るくて働きもので、でも文字の読み書きや計算はほとんどできませんでした。


ファミリーの中で比較的年齢が近かった私とゼララムは、すぐに打ち解けて友達に。あるとき夢について聞くと「いつか学校に通ってみたい」と話してくれました。エチオピアでは、住み込みのお手伝いさんは24時間体制で働かされることが少なくありません。そのため、雇い主が学校に通わせることに消極的な場合が多く、幼い頃からお手伝いさんをしてきた彼女も学校へ行ったことがなかったのです。ホストファミリーに彼女の思いを伝え、間を取り持つと、かなりの紆余曲折はあったものの、翌年から夜間学校への通学を許可してもらえることになりました。

入学のずっと前から、ゼララムは学校を心待ちにしていました。
そして初めての授業の日。帰宅した彼女は「文字を習ったよ!」と笑顔で報告してくれました。
でも「じゃあ書いてみて」と紙とペンを渡すと、彼女は手を止め、照れくさそうに「忘れちゃった」と言いました。
当時、私もアムハラ語を習い始めたばかりだったので、アルファベットを書いて見せました。
「こんな感じじゃないかな?真似して隣に書いてみて」
そう促しても、彼女の手は動きません。鉛筆を握る手に自分の手を重ねて一緒に動かそうとすると、手に力が入りすぎてプルプルと震えているのがわかりました。


そのとき気がついたのです。
学ぶべきタイミングで学ぶ機会が得られなかった人が、大人になってゼロから文字を覚えるのは、想像を絶するハードルがあるのだと。
私は幼い頃にひらがなを学び、書く経験を積んできました。その基盤があるからこそ、英語やアムハラ語のような新しい言語も、当たり前に真似して書くことができます。けれど、文字に全く触れず、鉛筆の持ち方もよくわからないまま大人になった人にとって、それは当たり前ではなかったのです。

それからゼララムの学校が終わったあと、私の部屋で一緒に勉強をする日が続きましたが、何日経っても、彼女はただの1文字も空で書けるようにはなりませんでした。
そしていつしか学校へ行くのも、私の部屋に勉強しにくるのもやめてしまいました。
「最近学校に行ってないんじゃない?仕事のことで困っているなら、また話してあげるから続けたら?」と伝えましたが、彼女は「もういいの。思ったよりおもしろくなかったし。」とだけ言いました。


エチオピアの任期後、ガーナで教師をしていたときの写真
(エチオピアの任期後、ガーナの職業訓練校で教師をしていたときの写真)

その後、ボランティアの任期を終えて日本に帰国した私でしたが、それからさらに10年後、起業準備のために再びエチオピアに戻ると、まっさきにホストファミリーに会いに行きました。

みんな元気で、久々の再開を喜んでくれました。すっかり大人っぽくなったゼララムも、まだお手伝いさんとして働いていました。彼女にまた会えたことは嬉しかったけど、生活が向上しているようにはまったく見えず、胸がちくっとしました。

教育を受けられるかどうかが、人の未来を大きく左右してしまうんだ、と痛感した私は、起業したときに、皆が働きながら学業を続けられる制度を作りました。たとえば通学証明書や成績表などの提出があれば、給与はそのままで時短を適用し、夜間学校へ通いやすくしたり、学費のローンを無利子で提供したりというものです。これらの規則はフェアな運用となるよう、工夫を重ねながら少しずつアップデートしています。


もちろんスタッフたちにはとても喜ばれています。特に過去に就学経験があり(それがたとえ小学校低学年くらいまでだったとしても)、さまざまな理由でそれをストップしてしまったような子たちは、皆その制度を利用し、学びを再開してくれています。

でも、ゼララムのように過去に一切学ぶ機会がなかった子は、自らその制度を使うことを諦めているようです。本当はそういう子たちに1番その制度を使ってもらいたいので、何度となく勧めたりするのですが、会社が強制できることでもありません。

「自分は文字の読み書きには向いていないけど、バッグの作り方をここで一から学べて自立できているから満足してるんだ。ものづくりの勉強はここでこれからもっともっとするから、学校なんて行かなくていいでしょ」なんて言われると、そういう彼らの生き方も尊重してあげたいなと思ったり、でもたとえば色々な理由で彼らが他の会社に転職したくなった時に、読み書きができないままでは今と同じ給与をもらうことはできないだろうなと思ったり…。

作り手が、自分自身や仕事に誇りと喜びを持てる仕組みを作ること。
お客様にも、そういう背景でつくられた製品を選んだ自分への誇りや、手にする喜びを感じていただけること。
andu ametを通じて、そんな循環を広げていきたいと願っていますが、シンプルな解があるわけではなく、10年以上この地に住み、事業を続けていても迷み悩むことばかりです。
それでも諦めずに、これからも考え続けていきたいと思っています。