ツィオン ー エルサレムの丘

私には、エチオピアで使っている現地名(エチオピアンネーム)がある。
それはツィオン。
おそらくヘブライ語のシオン(英語でいうZION)が語源だと思うのだが、神の土地やエルサレムの丘、あるいはその名を冠したエチオピア北部の教会を意味する。

エルサレムは、エチオピア正教徒にとっても大切な土地らしいのだけど、
「弘子は僕たちにとって、同じくらい大切な存在だから」と、ボランティアとしてはじめてエチオピアを訪れた2002年に、職場の友人たちが名付けてくれた(勝手に)。

2002年エチオピア。私に名前をつけてくれた元同僚たちと。

実をいうと、当初はこの呼び名があまり気に入っていなかった。モスリムの友人への気兼ねもあったし、そもそもなぜエチオピアでイスラエルの地名を名乗る必要があるんだと思っていた。でも「すごくいい名前だよ!」とおだてられ、どんどん周囲にその名で呼ばれるようになり、気がつけば15年。今や聞かれなくても自分から名乗るくらい、自分のものになってしまった。

そんな聖地ツィオンことエルサレムに、ついに今年、ご縁を頂き訪れることになった。

私は普段旅をしているときも、いわゆる観光名所や聖地巡りにはそこまで興味がなく、また特定の宗教を持っているわけでもないのだが、「エルサレムの丘」に立って、風を感じた瞬間、なんともいえない強い感情がふわっと押し寄せてきて、涙が出そうになり、自分でも驚いたのを覚えている。

エルサレムの丘からみえるモスク、岩のドーム。

私にツィオンと名付けた人たちも、イスラム教徒の友人たちも、世界中に散っているユダヤ人たちも、
皆が一生に一度は訪れたいと焦がれる地。

でも…。

「ここは聖地なのに、それがもとで人々が対立するなんてあまりにも悲しい。神様がそれを望んでいるとは思えない。いっそここをなくして、誰のものでもなくしてしまうことはできないの?」
子供っぽいとはわかっていたけど聞かずにはいられなかった私に、ユダヤ系イスラエル人のガイドの方はこう答えてくれた。
「それはできない。ここは皆にとってあまりにも大切な場所だから。私たちにできることは、お互いに決めた今の均衡を維持すること。それがわずかなバランスで崩れてしまいがちな繊細ものであっても、崩さないようにすること」
「崩れやすいのは、”今の均衡”に不満を持っている人がたくさんいるからでしょう」
「でもそれを言ったらこの問題は永久に解決しないから。」

嘆きの壁で祈りを捧げるユダヤの人々。
聖墳墓教会。今もキリストの遺体が眠る。

その後、シナゴーグや教会、市街地や議会、各種施設などを巡り、色々な方とディスカッションさせていただく中で、エルサレム特有の美しさやエネルギーを強く感じた。人々が、どれだけエルサレムを大切に、誇りに思っているかも知ることができた。今の自分の知識や価値基準では理解できないことも多く、ぐるぐると考えすぎて知恵熱が出そうにもなったけど、自分には絶対に理解できないことがあるんだという圧倒的な事実にあきらめがつき、逆に前向きになれた気がした(これまでエチオピアの人たちの宗教観でもよくわからなくなることがあったので。これについては、長くなるのでいつかまた別に書きます)。
そして旅を終えたころには自分のエチオピアンネームが、以前より愛おしく感じられるようになった。

少々話が脱線したが、エルサレムは、私にとってそんなちょっと特別な街。
間違っても、怒りや悲しみの引き金にはなってほしくない。
旅の日々を思い出しながら、そんなことを考えた。