「最後の砦」の挑戦

andu ametデザイナーの鮫島です。先日日本に一時帰国した際、法務省矯正局が主催する「ミッションチャレンジ2025」に審査員として参加しました。

今年の6月から拘禁刑が施行されるなど、矯正行政は大きな変革期を迎えています。それを受け、刑務所や、少年院、鑑別所といった現場で働く人たちが、独自の取り組みや構想を発表する初めてのコンテストが開催されることになった、とのことでした。

受刑者や少年にとって意味のある変化は、再犯を防ぎ、それはそのまま地域社会の安心にもつながる。矯正施設は「最後の砦」だからこそ、よりよい組織にしていかなければならない。会場で聞いた発表からは、その切実で真摯な思いがひしひしと伝わってきました。



どの取り組みも甲乙付け難く審査は難航したのですが、ここでは個人的に印象に残ったふたつの取り組みをご紹介します。

ひとつは、熊本刑務所。ここには特に重い罪を犯し、終身刑など長い刑期を過ごす人たちが多く収容されていて、塀もほかの施設より厚く高いのだそうです。だからこそ「対話」が欠かせない。そこで長年実践されてきたのが「リフレクティング」という、北欧の精神医療の現場で生まれた対話プロセスです。

今回の発表では、長年の実践の中で培われてきたその専門的な技法を、受刑者だけでなく市民とも共有しようとする取り組みが紹介されていました。壁の高い施設ゆえ、社会からの不安や抵抗感にもつながりやすい。クローズドの問題も起きがち。だからこそ窓をあけて新しい風を通していこうという姿勢に、未来を感じました。


写真:Yahoo News より引用

もうひとつは、京都刑務所の取り組み。「私は更生を信じられない」――そんな刑務官の告白から始まったプレゼン。どれだけ真剣に向き合っても、同じ人が何度も戻ってきたり、時には暴力にさらされたりする日々。

心が折れそうになる中で、伝統工芸の職人と協働し、受刑者の作業を社会とつなげるプロジェクトが立ち上がったのだそうです。実は刑務所では多くの製品が作られていますが、これまでは出所先を隠して販売されることが少なくなかったそうです。京都刑務所はそれを正面からブランディングし、社会に開いていこうとしていました。

社会に認められることで、もう少し更生の力を信じて働き続けてみようという気持ちが湧いた、という締めくくりがとても印象的でした。

写真:PR TIMESより引用

私は、エチオピアやガーナでボランティアをしたり、イラン・イラク戦争の時代にイランで暮らしたりしてきました。そこで何度も突きつけられたのは、世の中がいかに不公平で、チャンスがいかに偏っているかという現実でした。努力や才能だけでは絶対にのしあがれない格差が確実にある。それでも「チャンスさえあれば、人は誰でも力を発揮できるはず」と信じたかった。だからandu ametを創業しました。

2012年創業時

でも実際に始めてみると、現実は理想のようにシンプルではありませんでした。何度も壁にぶつかり、思うようにいかない現実に悩みながら、それでも手を止めずに続けてきました。だからこそ、悩みながら人の可能性を信じ続ける矯正現場の方々の姿勢には、痛いほど共感しました。

同時に、その仕事がどれほど過酷で、どれほど誤解されやすいかも突きつけられました。真摯に向き合っても報われないことも多い。社会の目も厳しい。心が折れてもおかしくない現場です。

それでもなお「もっとよい社会を」と信じ、自ら手で動かし前進しようとする姿を前に、ただ胸が熱くなり、頭が下がる思いでした。

andu ametとは直接関係のない話ではありますが、さまざまな配慮からなかなか表には出にくい、でも本当に素晴らしい仕事をされている方々の真摯な取り組みを少しでも多くの人に知ってほしい。そんな思いから今日のコラムを綴らせていただきました。